「タレントのたとえ話」から学ぶ私たちの人生の5つの教訓

By Hugh Whelchel,  https://tifwe.org/learn/ より。このブログは、著者よりLIGHT PROJECTに翻訳と配信の許可を得ています。

聖書に基づく成功の意味シリーズ:4

クリスチャンは、仕事、成功、富について、どのように考えるべきでしょうか。

私は最近、byFaith誌からこれらの難しい質問に答える記事を書くよう依頼されました。これらのトピックにどのようにアプローチするかを考えたとき、マタイの福音書25章14節〜30節にある「タラントのたとえ話」が、これらのトピックを考える上で役立つ枠組みを提供していることに気づきました。

このたとえ話についてはブログでもよく取り上げていますが、これらの質問へのガイドとして使うことはあまりありません。この5つのポイントは、私がbyFaith誌に書いた記事のほんの一部です。ここで読んだ内容が参考になるようでしたら、ぜひ記事全文を読んでいただければと思います。

それでは、「タラントのたとえ話」が教えてくれる、仕事、成功、富についての5つの教訓をご紹介します。

1. このたとえ話は、成功は私たちの仕事の産物であることを教えてくれる。 

創世記には、耕し、手入れさせるために、神がアダムを園に置かれたと書かれています。私たちは働くために創られたのです。クリスチャンとして私たちは、主が今この地で私たちに果たしてもらいたいと期待しておられる使命を持っています。

今日、あまりにも多くの福音主義のクリスチャンが、自分の救いを単に「天国へのバスチケット」と考えています。バスを待っている間、何をしていてもいいと思っているのです。「タラントのたとえ話」は、私たちが王の再臨を待つ間、何をすべきかを教えています。

私たちは、自分の才能を用いて働き、神を讃え、共益のために仕え、神の御国を前進させることが求められています。聖書的な成功とは、主が期待しておられる成果を生み出すために、神が与えてくださったあらゆる才能を用いて、今この地で熱心に働くことなのです。

2. 「タラントのたとえ話」は、召されたことを私たちが行うために必要なものを、神がすべて与えてくださっていることを教えている。

あなたは、1タラントが今日の貨幣でどのくらいの価値があるか考えたことがあるでしょうか?確かなことは言えませんが、新約聖書において1タラントは大金を意味し、現在の貨幣では100万ドル(1億円)にもなるかもしれません。

1タラントしかもらっていないしもべに同情したくなりますが、実際には、100万ドル(1億円)もの大金を主人から受け取り、裏庭に埋めていたわけです。彼は、主人の期待に応えるのに十分すぎるほどに与えられていたのです。

主人が託されたものをただ受け身で保存する以上のことをしもべに期待していたように、神は、私たちが自分の才能を生産的な目的のために用いて収益を生み出すことを期待しておられます。しもべたちは、より多くのものを生み出すために十分なものを与えられていました。それは、神が私たちに与えてくださっている賜物についても同じです。使徒パウロは、エペソ人への手紙2章10節でこう書いています。

実に、私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをあらかじめ備えてくださいました。

私たちは、この聖句を自分の仕事と結びつけることはあまりありませんが、そうすべきなのです。

3.「 タラントのたとえ話」は、私たちがみな同じように作られているわけではないことを教えています。

このたとえ話で最も見落とされているのは、15節の後半部分です。主人は、「それぞれの能力に応じて」各しもべにタラントを与えておられます。主人は、1タラントのしもべは、5タラントのしもべほどの生産能力がないことを理解しておられたのです。

私たちは、これを不公平だと抗議したくなります。しかし、私たちは自分の経験からそれが正しいことも分かっています。被造物の中には多様性が織り込まれているのです。

私たちは与えられた才能に関して平等に創られているわけではありませんが、「タラントのたとえ話」には平等性があります。それは、5タラントを持つしもべが5タラント増やすのと、2タラントを持つしもべが2タラント増やすのとでは、同じだけの努力が必要だという事実から来ています。

だからこそ、主人から与えられる報酬も同じなのです。主人は成功を努力の度合いで測っていますが、私たちもそうであるべきなのです。

4.「 タレントのたとえ話」は、自分の利己的な目的ではなく、主人のために働くべきことを教えている。

しもべに与えられたお金は、彼らのものではありません。そのお金を用いて彼らが稼いだお金もまた、彼らのものではありません。しもべは主人の投資を預かっているに過ぎず、主人が測ろうとしているのは、その仕える者としての質なのです。

私たちは、自分の利己的な目的のためではなく、神を敬うために、自分の才能を最大限に活用すべきです。私たちは、堕落した世界で働いていることを知っています。罪の呪いのために、私たちの仕事には困難が伴います。しかし、私たちは、神の摂理によってそれぞれが置かれた場所で、神から与えられたものを用いて最善を尽くし、神を敬うために成功を目指すことに満足と喜びを感じるべきです。

5. 「タラントのたとえ話」は、私たちがいつか責任を問われることを示している。

タラントのたとえ話は、救いや行いによる義についてではなく、私たちがこの世における召しを果たすために仕事をどのように用いるのかについて言及しています。これは、人生をかけて「仕える者」となるということについてなのです。

このたとえ話に出てくる不誠実なしもべは、主人のお金を無駄にしただけでなく、機会を無駄にしました。その結果、彼は悪く、怠惰だと判断されたのです。私たちは、与えられたものを神様のために用いることに責任があり、いつかはその責任を問われることになるのです。

その日、主人から何を聞くかは、私たち次第です。

この記事は、byFaith誌の最新号に掲載された原文をもとにしています。

これらのポイントの中で、あなたの心に響くものはありますか。 なぜ心に響くのでしょうか

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Hugh Whelchel氏は、Institute for Faith, Work & Economics(IFWE)のエグゼクティブ・ディレクター。宗教学の修士号を持ち、30年以上に及ぶ様々なビジネス経験をIFWEのリーダーシップに生かしている。

LIGHT PROJECTでは、働くクリスチャンが、「信仰と仕事」を統合して、毎日の仕事を通して、職場でイエスの光(Light)を輝かせることができるように励まし、養うことを目標としています。

このブログを通しても、皆さんの励ましと役に立てれば嬉しいです。

翻訳:後藤スティーブン

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