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仕事の神学シリーズ:III-2

このブログは、Denver Institute for Faith & Workより許可を得て掲載しています。


金継ぎ: 仕事について祈る技術

Jeff Hoffmeyer著

割れた陶器の修復術である金継ぎは、16世紀の日本で生まれました。戦国武将・秀吉の側室が大事な茶器を誤って落としてしまったとき、利休という茶人が間に入りました。利休はまず秀吉の心を和ませる詩を詠み、金箔を施した漆で割れた器を芸術的に修復したのです。壊れ物の。古いものの修復。以前よりもさらに価値ある新しいものを生み出すことなのです。

金継ぎは、私たちの人生と世界における神の仕事の、おそらく比類なき例えでしょう。この神の働きの地平線には、神がすべてのものを新しくされる新しい創造があります。ヨハネが黙示録で説明しているように、「神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる」からであり、「もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである(黙示21:4)」のです。この再臨の成就は、イエスの生涯、死、復活を通して、神が完全に世界の破れに入られた初臨の上に成り立っています。神は修復者であられ、砕かれたものは単に修復されるのではなく、新しくされるのです。

この修復行為が世界における神の仕事であるならば、それは私たちの仕事でもあります。信仰と仕事の交差は祈りによって始まり、祈りによって終わるのです。金継ぎは、私たちの仕事について祈る方法を教えてくれます。 

私たちは壊れている

クリスチャンとしての私たちの召命のひとつは、神が私たちの内になさっている修復に注意を払うことです。私たちの信仰と仕事の交差は、何よりもまず、私たちの召命が私たち自身の破れのある姿に目を向けることのできる工房であるという点において、極めて重要です。仕事を愛することは、召命の喜びの一部です。この愛することにおいて、私たちは壊れたもの(教会、医療制度、司法制度、教育制度など)をするだけでなく、壊れたものに対して壊れた愛しか持っていないことを知らなければなりません。神学者ダグラス・ジョン・ホールが説明しているように、「十字架の神学は、人生の破れについての輝かしい声明ではあり得ない。むしろ、それは、それが記述しようとしているものに参加しているのだから、人生の破れについての壊れた声明でなければならない」のです。

牧師として(これは他の分野でも同じことが言えますが)、私は、神が私を通して行いたいと願っておられる修復は、神が私の中で行いたいと願っておられる修復と常に結びついていることを学びました。私は祈りの中でしか、この働きに身をゆだねることができません。それは困難な作業です。自分の人生という壊れた器(不安、弱さ、他人を傷つけたこと)に対して、自分自身を開かなければならないからです。祈りの中で、私はまずこれらの破片を拾い上げ、神聖な金継ぎ師に捧げなければならないわけです。 

中心にあるものについて祈る

金継ぎは、私たちがどのような仕事に召されたとしても、その中心となっているものについて祈るための枠組みを提供してくれます。自分が呼ばれている分野を、代々受け継がれてきた汁椀と想像してください。あなたはその破片を拾い集め、元通りに収まるように並べ、金色の接着剤で貼り付けるのです。これがあなたの仕事なのです。このように、自分の仕事について祈ることで、日々の仕事においても、あなたの召命の全体像においても、神があなたをどのように用いておられるかを知るレンズが得られるのです。

周辺的なことについて祈る 

しかし多くの場合、神の修復の御業は私たちの職業の周辺で起こります。外科医は手術をし、教師は教え、牧師は牧会をします。しかし、自分の仕事について祈る外科医は、その祈りのゆえに、メディケイド患者に対する診療姿勢を変えるかもしれません。その外科医は、他の人々が無視してきた周辺部の何かが壊れていることに気づくのです。教師は、既定のカリキュラムがいかに特定の声を優遇しているかに気づき、欠けているものに取り組むために生徒たちを呼び集めるかもしれません。牧師は警察のチャプレンとしてボランティアに参加して教会員を苛立たせるかもしれませんが、地域社会における視野と影響力を得ることになります。神が私たちに求めておられる修復は、正式な仕事内容には書かれていないかもしれません。

私は最近、10年ほど使っていた手作りのサラダボウルを割ってしまいました。この陶器は家宝ではありませんでしたが、私はつい悪態をついてしまいました。しかし、私の一部は喜びを感じました。私は破片を拾い上げ、接着剤と金粉と修復技術を待ちつつ、押し入れにしまいました。

破れは、決して最後の姿ではありません。新しくされたものは、砕かれたものより勝るので、より深い喜びをもたらすからです。これは世界における神の御業なのです。ですから、それを私たちの仕事にもしましょう。

編集部注:金継ぎ芸術の詳細については、Mako Fujimura氏の素晴らしい著書『芸術と信仰(Art and Faith: A Theology of Making)』を参照。

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このブログの英語原典:https://www.denverinstitute.org/kintsugi-the-art-of-praying-about-our-work/

Denver Institute for Faith & Workのビジョンは、すべての人の仕事が、その街に希望と命をもたらすことです。そのため、人々が日々の仕事の中で神と他者に仕え、職場と都市が変革されるよう準備します。

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